要約: LiquiDEX v1はプロポーザルからValue Blinding Factor(VBF)を削除することで、レンジプルーフがテイカーによって置換可能というLiquiDEX v0の問題を解決しました。v1では、VBFの代わりにvalue blind proofsとscalar offsetを使用します。この変更により、LiquiDEXのウォレットへの統合が格段に容易になると同時に安全性も向上します。ただし、いくつか注意点があります。まず、メイカーは潜在的なテイカーからの送金をインプットに使うことができません。さらに、メイカーが追加するインプットとアウトプットについて、ブラインディングの有無が一致する必要があります。v1のプロトタイプがすでにBEWalletでご利用いただけます。より詳細な情報の入手、プロポーザルに関するフィードバックはこちらから私にご連絡いただくか、現在準備中のBuild On L2コミュニティプラットフォームにご参加ください。
LiquiDEXはLiquid Network上で2段階のアトミックスワップを実行するためのプロトコルです。メイカーとテイカーのやりとりが1回で済むため、UXに優れています。LiquiDEXはOTCの自動化、オークション、分散型取引所(DEX)など複雑なシステムの基盤として活用することも可能です。詳細は前回のブログ記事をご覧ください。
Range Proof問題とは
秘匿トランザクションでは、ブラインドされていない情報は暗号化した上でアウトプットのRange Proof欄に格納されます。メイカーがトランザクションを受け取ると、これが復号され、支払いに使われます。しかし、暗号化されたデータはトランザクションの署名対象に含まれないため、テイカーによる置き換えが可能で、その場合、メイカーがデータを復号できなくなるという問題がありました。
前回のブログ記事では、この問題を決定性ブラインディングを採用し、ナンスコミットメント欄を使って金額とアセットID(の一部)を暗号化することで解決したと説明しました。しかし、この方法は複雑な上に(Elements CoreやGreenなど)一般的なウォレットで使えないという問題がありました。
Range Proof問題を解決するまで
SIGHASH_RANGEPROOFでの解決を試みましたが、残念ながら、LiquiDEXには適用できませんでした。SIGHASH_RANGEPROOFを使うと、署名対象にRange ProofだけでなくSurjection Proofも含まれてしまいますが、メイカーはアウトプットのSurjection Proofを作成できません。なぜなら、トランザクション生成時には、まだアウトプットと同一アセットを使ったインプットが存在しないからです。
代替策を模索
テイカーがメイカーのアウトプットに対して有効なRange Proofを生成できないようにする、そのための方法を見つけなければなりません。
テイカーはトランザクションを解析して自身のインプットを追加しなければならないので、メイカーは自身で追加したインプットとアウトプットのアセットおよび金額をテイカーに公開する必要があります。次に、テイカーはメイカーのアウトプットについてSurjection Proofを生成しなければならないので、メイカーはアウトプットのアセットについてblinding factor(Asset Blinder, ABF)を公開する必要があります。最後に、テイカーは自身で追加するアウトプットについてもSurjection Proofを生成しなければならないので、メイカーはインプットのアセットのblinding factorも公開する必要があります。
つまり、インプットとアウトプットの金額のblinding factor(Value/Amount Blinders, VBF)を、テイカーがバリューコミットメントを検証可能かつトランザクションをブラインディングできるもので置き換える必要があります。
バリューコミットメントの検証には、Blind Value Proofが利用できます。Blind Value Proofとは「バリューコミットメントが明示値に対応することを証明する明示的なValue Range Proof」を指し、主に部分署名されたElementsトランザクション(PSETs)で使われています。秘匿トランザクションを正しくブラインディングするには、一番最後のVBFはランダムではなく、全てのインプットとアウトプットの合計を0とすべく選択する必要があります。すなわち、以下に定義するscalar_offsetについて、インプットのscalar_offsetの合計値とアウトプットのscalar_offsetの合計値が等しくなるようにします:
'''scalar_offset = abf * value + vbf (mod n)'''
メイカーのscalar offsetをテイカーに公開することで、これが実現できます:
'''メイカー_scalar_offset = abf_o * value_o + vbf_o - (abf_i * value_i + vbf_i) (mod n)'''
ただし、誤ってVBFを開示することを防ぐため、いくつかの注意点があります。
この解決策のトレードオフ
まず、メイカーは潜在的テイカーから送られたものをインプットには使えません。テイカーは'''vbf_i'''を知っているため、共有されたメイカー'''maker_scalar_offset'''を使ってvbf_oを逆算可能だからです。'''vbf_i'''はメイカーが選択した秘密の値であるべきです。すなわち、メイカーが'''send-to-self''''トランザクションで作成したアウトプットをインプットにすることが好ましいです(これには、お釣りの生じない金額のUTXOが生成できるというメリットもあります)。
また、メイカーはインプットにLiquiDEX v0スワップ由来のUTXOを使用できません。
さらに、メイカーのインプットがブラインドされていない場合、メイカーのアウトプットもブラインドできず、逆も然りです。テイカーは一方のblinding factor(ゼロ)を知っているため、他方のblinding factorを計算できてしまうためです。
最後に、同一インプットを使って複数のプロポーザルを作成する場合、abf_oやvalue_oが変わるたび、必ず新しいvbf_oを選択する必要があります。同じvbf_oを使い回すと、下記の連立式からテイカーはvbf_oを求めることができます。
'''メイカー_scalar_offset = abf_o * value_o + vbf_o - (abf_i * value_i + vbf_i) (mod n)'''
'''メイカー_scalar_offset' = abf_o' * value_o + vbf_o - (abf_i * value_i + vbf_i) (mod n)'''
LiquiDEX v1の場合
まずはLiquiDEX v0のトランザクション構成から、変更点を見てみましょう:
'''{
"version": 0,
"tx": "...",
"inputs": [{
"asset": "...",
"amount": 1,
"assetblinder": "...",
"amountblinder": "...",
}],
"outputs": [{
"asset": "...",
"amount": 1,
"assetblinder": "...",
"amountblinder": "...",
}],
}'''
LiquiDEX v1では、金額のVBF(Value/Amount Blinder, VBF)をBlind Value Proofsで置き換え、scalar値を格納するトップレベルフィールドを追加しています:
'''{
"version": 1,
"tx": "...",
"inputs": [{
"asset": "...",
"satoshi": 1,
"assetblinder": "...",
"value_blind_proof": "...",
}],
"outputs": [{
"asset": "...",
"satoshi": 1,
"assetblinder": "...",
"value_blind_proof": "...",
}],
"scalars": ["..."],
}'''
理論的には、LiquiDEX v0のプロポーザルをLiquiDEX v1形式に更新することは可能ですが、現時点では、互換性のない更新として扱うことをおすすめします。また'''「amount」'''というフィールド名を'''「satoshi」'''に変更しました。
プロトタイプで動作確認
BEWalletでプロトタイプを実際に動かしてみましょう。
まずはウォレットをインストールします:
'''git clone https://github.com/LeoComandini/BEWallet-cli.git
cd BEWallet-cli
cargo install .'''
メイカーはスワップするコインを選ぶために、保有コインをリスト化します:
'''$ bewallet-cli --testnet --electrum-url blockstream.info:465 --data-root $PWD --mnemonic "$MNEMONIC" get-coins | jq
[
...
{
"txo": {
"outpoint": "[elements]2dfaf9ca94fe817998456f02ab5093f5c1cf35e141efaf80212fe39ec4f6947c:0",
"script_pubkey": "a9144a597f4df12eea440e4e569f6e73b3e3b8794bdd87",
"height": 508358
},
"unblinded": {
"asset": "38fca2d939696061a8f76d4e6b5eecd54e3b4221c846f24a6b279e79952850a5",
"asset_bf": "9810d5b7987be0b2a2fecc3b0eb5e0a47e4386380f81c444659049890e8d0081",
"value": 100,
"value_bf": "f0450ba54ed42f13a56589317cd2fe2d28ce20796dacea8b49a14d806fce87a3"
}
}
]'''
コインを選んでプロポーザルを作成します:
'''$ bewallet-cli --testnet --electrum-url blockstream.info:465 --data-root $PWD --mnemonic "$MNEMONIC" liquidex-make --txid 2dfaf9ca94fe817998456f02ab5093f5c1cf35e141efaf80212fe39ec4f6947c --vout 0 --asset 144c654344aa716d6f3abcc1ca90e5641e4e2a7f633bc09fe3baf64585819a49 --rate 100
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プロポーザルを受け取ったテイカーは、Acceptして取引に応じます:
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今後の方向性
LiquiDEX v0とは異なり、LiquiDEX v1はメイカーから受け取ったアウトプットのアンブラインドにカスタム実装のロジックが不要です。このため、通常のウォレットでも実装しやすくなりました。例えば、最初のブログ記事で解説した通り、Elements Coreウォレットを利用して小さなPythonのラッパーを実装するというLiquiDEXの当初の3つのプロトタイプと同じ方法で統合できます。
アセットblinding factorを格納する場所がないため、LiquiDEX v1ではPSETを利用しません。PSETに対応可能になれば、再度アップグレードします。
結論
LiquiDEXは2段階のP2Pアトミックスワップを実行するプロトコルです。メイカーとテイカーの間のやりとりが1度で済むため、UXに優れています。トレードオフもありますが、それを補うメリットがあり、合理的なアップグレードだと考えます。
LiquiDEX v0では、ブラインド処理とアンブラインド処理を正しく安全に行うためのウォレット側の実装コストが高いという問題がありました。 LiquiDEX v1では、VBFをプロポーザルから削除することで、テイカーがRange Proofを置換できる問題を解決しました。このため、ウォレットへの統合が簡単になるだけでなく、安全性も高まりました。
ただし、注意点があります。メイカーはインプットに潜在的なテイカーから送られたものを使えません。また、メイカーが追加するインプットとアウトプットはブランディングの有無を一致させる必要があります。
謝辞
テストとレビューにご協力いただいたRiccardo Casatta氏とValerio Vaccaro氏、暗号周りの設計についてフィードバックを下さったJonas Nick氏に感謝申し上げます。
LiquiDEXやLiquid上のスワップについて関心がある方、プロポーザルについてご意見がある方は、こちらから私にご連絡をいただくか、現在準備中のBuild On L2コミュニティプラットフォームがローンチした際にご参加いただければ幸いです。
上記で生成されたのがこのトランザクションです。メイカーとテイカーはこれを部分的にアンブラインドできます。